女は弱しされど母は強しという映画
全盛期を過ぎた(失礼)ハル・ベリーの枯れた(失礼)演技が光る
演技以外にもこの映画は1人の女性の更生になっている
主人公が闘わなくなったのは男に飼い殺しにされているから
子どもができ、内なる炎に火がついて覚悟を決める
内心この男(彼氏兼マネージャー)が良くないことはわかっているわけで
元旦那との間にどんな経緯があったのかはわからないけれど、おそらく潜入捜査官だったそうなので不安と寂しさが強かったんだと思われる
主人公が怒った時に本当の実力を発揮するという設定も面白い
今の世の中、内心で怒りに震えながらそれを押し殺して生きている女性が多いということですね
普段は虐げられているけれど、いざという時に相手を打ち倒すというのは寝技が得意という設定からもうかがえます(寝技に持ち込むまでに打撃を喰らいまくるけど、そこからは独壇場になる)
映画の中でほとんどの時間はアザだらけの顔で映っているのも根性があると思う(自分を美人に見せようとしてない)
ハル・ベリーといえば『ソード・フィッシュ』という作品で一瞬だけオッパイぽろりをするためだけに一億円もギャラを要求するくらい高飛車で当時最強の女優さんだったのに、今じゃ落ちぶれている
これが映画の中の主人公ともろかぶりしてる(主人公も4年前まで10戦連勝だったのにタイトル戦でボロ負けしてからくすぶっている)
ちなみにこのオッパイぽろりはあまりにも有名なエピソードのためか、このハル・ベリー自身がセルフパロディをしているらしきシーンが冒頭に出てくる
それは富裕層の邸宅を掃除した後、服を着替えているところをその家のおぼっちゃまにスマホで撮影されるシーン
明らかに悪いのはこの男の子なんだけど(女の人の着替えを撮影するってもうね)スマホを踏んづけて壊しちゃったし、突き飛ばしちゃったからってんでクビになる主人公が理不尽
そこからのダメ彼氏登場までの流れるようなダメっぷりはなかなか良かったです
おそらくこういう暮らしをしている女性が大勢いるわけで(ワーキングプアで自立できないがためにダメ彼氏と別れられないでいる)そういう弱い立場の女性への勇気づけの映画になっています
学歴もないまま特に資格もスキルも職歴もなく歳を重ねてしまい、酒飲みでDVの彼氏と同棲しているっていう設定はベタだけどなかなかうまい
ベタなのにうまいと思ったのはこのダメ彼氏とのケンカのシーン(しょっちゅう喧嘩してる。そして喧嘩のあとはいつも交尾するあたりがもうなんか共依存って感じ)
かなりこだわって喧嘩のシーンを撮影しているのがわかります
演技がうまくてめっちゃ臨場感があるので、本当にその場にいたら子どもがトラウマになるだろうなってレベル
普通に殴ったりするんじゃなくって、ダルそうにウダウダ言いながらだんだん怒りが頂点にいって、お互いに罵り合いながらいよいよ暴力をふるいそうな空気感を出すのがうまかったです(たぶん何度もリハーサルをしたんだと思いました)
特にうまいと思ったのは子どもが自分で料理をしようと思って作るんだけどキーボードに興味を引かれている間に鍋をひっくり返しちゃったりパンを焼き過ぎて火をつけちゃったシーン
ダメ彼氏と主人公が急いでキッチンに入ってきて慌てて2人で対処をするんだけど、そのあとダメ彼氏が子どもに暴力を振るおうと振り返って近づいていくところに主人公のハル・ベリーが滑り込むように子どもの盾になるシーン
すべてのテンポと間が絶妙でした
ハル・ベリーがダメ彼氏がぶちギレたのに感づいて急いで子どもに向かう空気感が最高です
一瞬でも遅かったら殴られてただろうなっていうギリギリの滑り込みはお見事でした
主人公に優しく寄り添うトレーナーとジムのマネージャーもいいキャラしてる
特にトレーナーは主人公と頻繁に会うようになっていくし、このダメ彼氏のことをすぐにクズだと見抜いてなんとか子どもを守ろうと協力してくれるのが優しい(子どもに瞑想を教えることで自分だけの世界に逃げろと伝えるわけです)
ダメ彼氏がお酒を処分したのにぶちギレするシーンも「ハイハイ、わかりました」って感じですぐに荷物をまとめて家から出て行こうとするあたりも場慣れしてる感が出てて良かったです
ダメ彼氏にも殴られるし、練習でもボコボコになるし(主人公は歳を重ねてしまっていてさらにブランクもあるため)ハル・ベリーがDV被害者に見えるのがほんとにすごいと思いました(特に顔は痩せてるのに身体はちょっと締まり切れてない感じがリアルだった)
ちなみにダメ彼氏役の人もビール腹なのが妙にリアルで良かったし、身体にはこだわっている映画だと思います(ファイター役の人はみんなそれなりの身体に見えた。特に序盤で戦う大柄な人)
序盤で戦う大柄な「なにあれ男じゃない」って主人公が言うファイターを倒すあたりはカッコよかったし、そのあとの練習のシーンで相手にマウントを取られた時のやり返し方をトレーナーが教えるシーンも良かった
このトレーナーに主人公が教わるシーンを入れることで鑑賞者に簡単ではあるけども護身術の方法を伝授しようとしてる優しさが伝わってきます(弱い立場の女の人は男にマウントを取られることもあるだろうという配慮ですね)
全体的に女の人寄りの映画で、昨今映画界で気にしているフェミニズムについてはもちろんクリアですね
このダメ彼氏がトレーナー(女です)と主人公が仲良くなっていってそれに反発するっていうのはフェミニズムの考え方が浸透することで男の立場が弱くなり、男がすねてグレているっていう表現になっています(だからトレーナーは女性になっている)
女のことがわかるのは境遇が似ている女で、女同士で団結すると男は自分の居場所がなくなると感じてフェミニズムに反発するっていう具合ですね(若い世代ほどフェミニズムを歓迎していないという統計があります。男の自分が稼げないのは女の人の地位や立場が向上したからだと考えるからですね)
弱い女の人を応援する映画だと思わせておきながら、実際は根深い反フェミニズム(男の反発)を描いている映画なんです
そしてそれを元スター女優(いわば女としてある意味トップになったことがある)ハル・ベリーが演じることに深みを与えていますね
一度スターまで駆け上がって女としての地位も名誉も勝ち取ったけど、それはとてももろく歳を取ったら失われるものだと暗に訴えているんです
つまり若さや美しさだけで地位や名誉などの立場を勝ち取ってもダメだということです
それを、主人公が10戦連勝していたのに最後ボロ負けしてから地位が転落していくことで表現しています
若さと勢いだけで栄光を掴もうとしてもダメということ
それはたとえ才能があったとしても同じこと(主人公はファイターとしての才能。ハル・ベリーは女優としての才能)
主人公が最後に負けたのは調整不足という設定(ダメ彼氏であるマネージャーが無理に出場させた)
それでもダメ彼氏は他の選手との契約をすべて切って主人公とだけ専属契約し、愛しているとささやくことで主人公は飼い殺しにされているわけです
つまり女の人の地位や立場を向上させて権利を本気で掴もうとするなら自立しなければならないという強いメッセージです
自立とは自分を大切にして大切なもの(主人公の場合は子ども)を守るために戦うということ
自立しなければいくらお金や名誉を勝ち取ってもそれはすぐにもろく崩れ去るものだということが、ジワジワと伝わってきます
それは主人公の子どもの扱い方でわかります
主人公の子どもはあちこちたらい回しにされて厄介者扱いを受けます
当然子どもなので自立できないためにツラいことばかりなのですが、それでもトレーナーから自分を守る術を教えてもらい、自分を大切にして自分を守っていきます(食べ物を食べようと料理をしたり、キーボードを弾いてみたり)
この主人公の子どもを弱い立場に置くことで、間接的に女性の立場を重ね合わせて鑑賞者に見せるわけです(主人公である女性が男に殴られるのは、子どもが男に殴られるのと同じように弱い立場の人間がやられるということ)
主人公が子どもを守ることで自分を見つめ直すのと同時に、女性が男から自立するためにはどうすればいいかを鑑賞者に教えているわけです(つまり子ども=女性)
女性の自立が大事だと訴えても、「ダメ彼氏とさっさと別れていい男を探せばいいじゃん」という考え方が根強いためですね(よくある女性向けの映画では、ダメダメな主人公が素敵な男性と恋に落ちてハッピーエンドになる作品が多い)
いわゆる少女漫画的な世の中に腐るほどある女性好みの作品に対して「それじゃ根本的な解決にならないんだよ」とこの『ブルーズド 打ちのめされても』という作品は訴えているわけです
わかりやすく立場を置き換えて鑑賞者に教えるためにあえて子どもを登場させて、ダメ彼氏とのいがみ合いを散々観せられるのも、この「素敵な男性が現れてハッピーエンド」というシンデレラ的思想に真っ向から反対するためですね(子どもは結局たらい回しにされる。いい顔されても最初だけ、結局腫れ物みたいに扱われることになる)
フェミニズムに配慮しているように見せかけてやっていることは全女性が昔から大好きなシンデレラ的なストーリーの否定なんですから、ものすごい皮肉なわけです(その気になればいくらでもいい男を選べる女性であるハル・ベリーが演じるから説得力が増してる)
女性の夢見るハッピーエンド(ステキな男性が現れて自分を救ってくれる)を否定しているわけですから、鑑賞者(特に女性)に大ブーイングされることを予見していて、タイトルに「打ちのめされても」って付け加えてるんだと思いますね
どんなに夢見ても、現実は女性自身が自立しなければ本当の幸せは掴めないんだよってことです
格闘技映画としても一工夫してあります
それは主人公が本番に弱いという設定
優秀なトレーナーのおかげでメキメキと上達していった主人公ですが、ある日子どもがダダをこねてしまい練習をサボって一緒に映画を観に行きます(どうでもいいけど、アメリカって子ども向けの映画が無料の日があるんですね。そりゃ子どもの時から映画が身近な存在になるわけだ)
タイトルマッチ直前に気合を入れ直す必要があったと判断したマネージャーは主人公に「3ラウンドは戦って見せろよ」と発破をかけます(これで練習に身が入ると思ったんでしょうね)
でも主人公は10連勝したあとのボロ負けの試合がトラウマで、また負けるかもしれないと素直に受け取ってしまい、パニックになってしまうんです(なまじ才能に恵まれて、若さと勢いだけで上り詰めちゃうと、精神が打たれ弱くなっちゃう)
こういう葛藤を描いている作品はあまりない気がするので、独自の工夫でいいなあと思いました
ちなみにこのマネージャーはもとギャングで若い時からムショに入っていて数年前に出所したという設定なのでおそらく子どもはいない
それに対してトレーナーの女性は妻と子どもがいるっていう(今どきの)設定なので、主人公が練習をサボったこともなんとなく察しがついてるような気がします(子どもがいると予定通りに物事を進めるのは難しいということを理解している)
ただでさえダメ彼氏や毒親(娘がレイプされていたのに気がつかない親)の家を点々としながら不安定な生活をしている主人公が、タイトルマッチのプレッシャーで気持ち悪くなっちゃうっていう描写を挟むことで鑑賞者により自分に近しい人物だと思わせる効果がありますね
さらにこのことがキッカケで子どもを毒親に取られてしまい、ますます精神的に落ち込む主人公
ボロ負けした試合は離婚直後で、子どもと別れた最初の試合だった(子どもの顔が浮かんじゃって戦えなくなっちゃったみたい)ことがわかり、ますます負けフラグが立っていく主人公
トレーナーとのベッドシーンを挟んでトレーニングをしていく中で、最初の頃の不健康な身体がファイター体型になっていくのはダイエット番組のビフォーアフターみたいでした
余談ですが、ハル・ベリーを知らない世代の鑑賞者のことを皮肉ってるんでしょうけど、主人公のことを知らない若手のジムのスタッフ(選手?)が出てくるのが面白かったです
道で偶然出会う通行人に気づかれても連れの人物はよく知らなかったり、ハル・ベリーの知名度(特に昔の勢いのあった頃)を知らない人もいるよねって自分自身で笑いに変えられる精神ってなかなか立派だと思います(この映画はハル・ベリー自身が監督)
あれだけ過去に大金を要求したのにあっさりとベッドシーンまで披露するあたりが太っ腹ですね(なお、二人の関係はこの映画の主張でいくと必然と結末はわかっていましたが)
さあどうなるんだろうと鑑賞者の興味を引かせてからの最終決戦ですが、明らかに対戦相手の方がいい身体してるんですよね(腹筋の発達が全然違う)
この対戦相手の役の人がすごくいい仕事をする人で、うまくやられてくれるので本当にやっつけている気分になります
顔を血だらけにしながら戦う主人公も相まって実際の試合を観ているようでした(当たる瞬間はわざと映らないようにカメラワークにかなり気を使っている。メイクさんの仕事っぷりがすごくてダメージをちゃんと表現できていました)
寝技もなんども練習したんだろうなあと思わせる鮮やかさで、本気度が伺えます(顔がアップで映っちゃうのでスタント使えないしね)
試合結果はまあ、うんって感じ
なんか男同士の戦いだったら最後こんな感じで綺麗にはならないだろうなあと思いながら観てました
やっぱり女の人って協調とか共感を大事にするんだなあと
気楽に観れて試合はハラハラできるし、テーマも悪くないし、俳優はみんな演技が上手いし、まとまりのいい映画でした
ちょっと上映時間が長いけど(2時間12分)いい映画だと思います
以下蛇足
この映画に出演しているハル・ベリーは55歳です(この映画は2021年公開なので撮影時期によっては54歳の可能性もあるけど)
ボンドガールも務めたことがあって、アカデミー賞とゴールデンラズベリー賞の両方を受賞しています(まさに栄光と汚名)
※ゴールデンラズベリー賞とは毎年、アカデミー賞授賞式の前夜に「最低」の映画を選んで表彰するもので、ラジー賞とも呼ばれています。ちなみにサンドラ・ブロックという女優は2010年にアカデミー賞とゴールデンラズベリー賞の両方を同時に受賞しています。映画通にウケる豆知識
このハル・ベリー自身が母親に育てられた母子家庭ですし、父親はアルコール依存症ですし、交際相手からの暴力で片耳の聴力がほぼ無いなど、いろいろと人生で思うところがあったんだと思います
結果的に人生の経験がこの映画に活かされている気がするので、人生は辛いことがあっても肥やしになるんだなあと希望が持てます
ゴールデンラズベリー賞を受賞した時にわざわざ出席して(オスカー像を持参して)アカデミー賞受賞時のスピーチをセルフパロディで演じるっていう面白い人です
なによりその理由が「アカデミー賞を受賞したからといって良い作品とは限らないし、逆にラジー賞を受賞したからといって必ずしも悪い作品とは限らない」という主張だからだそうです
ではなぜそういう主張にいたったかというと、子供の頃に母親から「胸を張って負け犬になれない者は、勝者にもなれない」と言われたからだそうです(この母親の夫であるハル・ベリーの父親がアルコール依存症で離婚になったわけですから苦労が多かったんでしょうね)
これは映画を鑑賞する者として心に留めておきたい考え方ですね