戦争は良くない。みんなわかっているのにどうやってそれに反対すればいいのか?この難問に正面から立ち向かった映画
日本は地政学的に危ない国に囲まれています
隣国のロシアはウクライナ戦争の真っ只中だし、北朝鮮はしょっちゅう日本に向けてミサイルを撃ってきていますし、中国もしょっちゅう日本に手を出してきています
そんな中、日本では核武装も含めた軍備拡張の議論が活発です
勘違いしている人が多いので書き残しますが、核武装したからといって通常戦力による戦闘行為がなくなるわけではありません
核攻撃はあくまでも最終手段のため、基本的に戦争になれば従来通りの人が人を殺し合うものになります
この『シカゴ7裁判』はベトナム戦争が背景にあります
ベトナム戦争はロシアとアメリカのいわば冷戦の代理戦争でした
ちなみにロシアもアメリカも核保有してました
日本もいつベトナム戦争のような状況になるかわかりません
つまり日本を戦場にしたロシア(あるいは中国)とアメリカの戦争に巻き込まれるかわからない状況です
もしも日本がこのまま軍備拡張と核保有の議論を活発にしていくとしたら、その先に待っているものはなんでしょうか?
それは徴兵制の復活です(隣国の韓国では現在も徴兵制度があります)
すでに自衛隊は志願者が少なくこのままでは日本の国防は賄えません
いくら軍備があっても使う人がいなければ意味がありません
ドローンだってAIだってロボットだって管理や整備する人間が必要です
つまりこのままいくと日本は徴兵制度が復活してベトナム戦争のような事態に直面しかねません
『シカゴ7裁判』は2020年に公開された映画ですが、現在の日本の状況を考えると怖い映画です
冒頭でベトナム戦争に動員する兵士の数が足りないため徴兵数を増やすというニュースの映像が流されます
最初は少なかった徴兵数がどんどん増えていきます
くじ引きで誕生日(例えば12月30日生まれ)が出たら徴兵カードが届き、戦場に行かされます
まさに運次第です
そして戦場に行ったら戦死する可能性があります(ベトナム戦争ではアメリカが負けてます)
つまり日本でまたベトナム戦争のようなことが起これば日本は負け戦にどんどん徴兵数を増やすことになりかねません(アメリカは日本の戦争のために自国のアメリカ兵を戦死させたくないでしょう)
つまり『シカゴ7裁判』(実際にあった出来事をもとにした映画です)は冒頭からして今の日本の未来を予見させるもので一気に引き込まれます
ベトナム戦争に反対する人も当然いたわけですがその人たちがことごとく暗殺されているのを冒頭の徴兵数を増やすニュース映像の後に続けて流すのがうまい編集です
マーティン・ルーサーキング牧師も戦争反対してましたが暗殺されます
キング牧師の葬列に参加したロバート・ケネディ(ケネディ大統領の弟)も暗殺されてしまいます
(ケネディ大統領の弟の暗殺についてはベトナム戦争で利益を上げた軍産複合体が黒幕だという説もありますね)
戦争反対を主張する人が戦争によって利益を得る人を敵に回してしまい、暗殺されていけば、当然戦争は継続されてしまいます(ベトナム戦争は終結までに22年間かかり戦死者は増え続けました)
では当時のアメリカ国民は戦争に反対しなかったのか?といえばそうではなく、戦争に反対する人もいました
彼らは抗議デモを行い、戦争反対を叫んでいました
ところが警察に逮捕されて裁判にかけられてしまいます
この裁判にかけられた7人(8人)の法廷劇が『シカゴ7裁判』という映画です
アメリカでは4年に一度大統領選挙がありますが、前大統領に指名された長官は大統領が変わった場合は新大統領に敬意を示すために(新政権がどうせクビにするからいっそのこと)辞任する習慣があります
デモ活動から5ヶ月後に政権が交代した(ニクソン政権になった)ので前政権の司法長官が起訴しないと決定したことを逆に起訴することにします
つまり前政権の司法長官(マイケル・キートンがカッコよく演じてくれています)はベトナム戦争に反対の考え方の人でデモ活動のリーダーを起訴しないことに決めていたのですが、新政権の司法長官は前の司法長官への当てつけと保守的な考え方からわざと逆のことをします
そしてシカゴ7の7人は5ヶ月後に法廷に立つことになるわけです
およそ結論ありきでの出来レースである裁判は当然ながら7人に不利な要素が多いものでした
特に裁判長は超保守的(検事寄り)の人で7人の異議ありを認めてくれません
黒人に対しては弁護人なしで裁判を強引にすすめてしまいます(のちに黒人のボビー・シールは裁判から外されて残りは7人になります)
圧倒的に不利な状況でのアメリカ合衆国(国家権力)VS一般市民7人の戦いはとても面白かったです
なんせ相手は国ですし、いくらでも不当な捜査や陪審員の操作や隔離をしてきます
例えば7人の被告に対して好意的だった陪審員に嘘の脅迫状を送りつけて強引に陪審員を交代させちゃったりします
もはやズルし放題のなんでもアリの検察&裁判長に対して絶望的なまでの不利な戦いを繰り広げていくわけですからどうやって勝つのかが面白いですね
この一般市民の7人を支えているのは戦争反対の強い意志です
そしてそれにもっとも感銘を受けているのはだれか?を考えさせる結末となっています
戦争に心の底から反対するのは戦争で命を落とした戦死者です
だからこそ裁判が始まってからベトナム戦争で命を落とした戦死者(約4500人)の名前を最後の意見陳述で読み上げるラストシーンは感動的でした
戦死者たちがこの世に姿はなくともちゃんと7人の味方をしてくれているのが伝わるいいシーンでしたね
大勢(4500人)が7人の後ろに連なっていることを表現するために傍聴席にいる傍聴人のたくさんの背中越しに中央の裁判長を映す画角がとても良かったです
いくら国家権力が静かに!と叫んでも傍聴人の拍手喝采がやまないラストシーンは思わず感動する名シーンとなっています
サシャ・バロン・コーエン演じるアビー・ホフマンがとてもいいキャラクターでした(サシャ・バロン・コーエンは『ヒューゴの不思議な発明』という映画で鉄道保安官を演じていました)
アビー・ホフマンはいわゆるヒッピーなんですが言ってることがけっこう深いんですよ
公判初日にすでに裁判が出来レースであることを見破っていて「これは政治裁判だ」というセリフがあったり
「おれが革命をやめる値段?それはおれの命だ(=カネでは革命をやめないからおれを止めるなら殺すしかないぜ)」ってセリフがあったり
一番優等生キャラだったエディ・レッドメイン(ウィリアム王子の同級生で「ファンタスティック・ビースト」シリーズの主役のニュート役の人、ちなみに「ハリーポッター」のトム・リドル役のオーディションには落ちているのが興味深いですね)演じるトム・ヘイデンがじつは一番群衆を煽っていたことがわかる後半の展開も面白かったです
おとなしそうなやつが一番悪いことするよなあっていう感じでいい味出してましたね
一番頭悪そうなアビー・ホフマンがじつは一番頭良くて聖書を引用して「前後の文脈を知らずに言葉を切り取ればイエス・キリストの言葉ですら誤解を招く」と証言台で検察とやりあうシーンはとてもカッコいいです
ちなみに主任検察官であるジョセフ・ゴードン=レヴィットもいい味を出していました
映画のはじめのほうで新司法長官に呼び出されて『シカゴ7裁判」の主任検察官になれと言われたときはためらっているんですよね
今まで一度も適用されたことのない法律で強引に有罪に持ち込めと上司から圧力をかけられちゃうあたりがいかにも役人って感じで良かったです
(祖父のマイケル・ゴードンは映画監督でしたが共産主義者としてブラックリストに載ってしまった人物で、その孫が主任検察官役を演じるというのが感慨深いです。だからこそ、心のどこかでシカゴ7の被告人を完全に悪人扱いはしていない心の動きがよく表現できていたと思います)
この主任検察官を引き受けろと言われるシーンがなぜだか日本でも普通にありそうなシーンに描かれていてとても引き込まれました
33歳という設定で出世を餌に引き受けることになるんですが、黒人に猿轡をさせる裁判長に掛け合って裁判から外したり、最後も戦死者に敬意を示して起立するなど、正義感のある人物として描かれていて希望が持てる作品になっています
ベトナム戦争以降もアメリカはアフガニスタンでも負けてますしレバノン内戦でも負けてますし、戦争が必ずしもいい結果で終わるとは限らないわけで、だからこそ厭戦気分を蔓延させる戦争に反対する一般市民を弾圧する姿勢は今後も続くでしょう
この『シカゴ7裁判』という映画を観ていて悲しくなったのは、日本で同じような映画作品が生まれない現状についてです
例えば日本でも吹田事件(20年裁判して無罪を勝ち取った)や血のメーデーや大須事件がありますが共産党の存在をうまく処理できずに映画化は難しいと思います
『シカゴ7裁判』でもパンサー党という扱いが難しい党が出てきますが早々に物語から退却していて、純粋に反戦運動という部分に焦点が当てられています
この反戦運動という部分にだけ焦点を当てるというのが実際にはなかなか難しく、反戦=共産主義や社会主義といった赤のイメージが根強いため、日本では『シカゴ7裁判』のような映画が作られることはないでしょう
戦争は嫌いだけど共産主義や社会主義は嫌だから結果的には戦争に賛成する、ということのないようにうまく反戦と共産主義や社会主義とを切り分けて考えることが大切です(共産主義や社会主義の中国やロシアが日本の脅威になっているわけですから、反戦思想そのものが中国寄りだとかロシア寄りだと勘違いされやすいのも納得ですが、それでもぼくは戦争反対を主張することが大事だと思います)
そういった意味でもこの『シカゴ7裁判』は現代日本にも通じる反戦運動というものを正面からとらえた(難しい問題をうまく除外した)映画です
いつの日か日本でも『シカゴ7裁判』のような難しい問題を除外したうまい反戦映画が作られることを願っています
以下蛇足
とても気骨のあるいい映画でした
もともとは2007年に企画がスタートしていてスピルバーグが監督する予定だったのに降板することになった作品です
スピルバーグ監督版ではウィル・スミスやヒース・レジャーが出演する予定でした
製作費が足りずに一度中断したり苦難続きだったようで、かわいそうな作品です
コロナの影響で映画館上映ができずにパラマウントはNetflixに権利を売却しました
最終的に脚本を書いたアーロン・ソーキン自ら監督しています
この作品がアカデミー賞を受賞しなかったということがすでに世間の雲行きが怪しくなってきているように思います
できるだけ多くの人がこの『シカゴ7裁判』という映画を観て戦争に反対するというのはどういうことかを考えるキッカケになるといいなと思います