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父を探して

素朴さの中にあふれる愛情を手描きアニメーションに乗せて情感たっぷりに楽しめる映画

冒頭で小さな点から始まるのでこれを見逃さないでほしい

この小さな点が映画の最後にも出てきます

つまりループするということです(人の営みは繰り返していくということ)

この小さな点の色は優しいオレンジ色で、主人公の男の子は缶の中に大切にしまう

それは両親の心のこもった音楽なんです

繰り返し同じフレーズで劇中に登場する音楽は両親が奏でていたもの(小さいときの母親のハミングと父親のメロディがずっと耳に残っているんですね)

両親の優しさが音楽にのっていて、それが主人公の旅を導いていくストーリーはとても心があったかくなりますね

冒頭の小さな点が万華鏡のように変化していくところや、缶を埋めた場所に乗せたカラフルな石など、映画を最後まで見ていくと伏線がちゃんと回収されていくのは見事です

例えば老人のところにいるとき、カラフルな衣装を着た笛吹き男に出会いますが、青年編でその正体が判明したり、同じく青年編で万華鏡が登場します

勘のいい人なら老人編で老人が着る服で正体に気づくかもしれません(縞々模様とオレンジ色の服で悩んでいますが、オレンジ色の服は青年編で再登場します)

綿花からシャツの製造販売までの一連の流れにのせて経済の厳しさを鑑賞者に伝える手法も素晴らしいです

老人は必死に綿花を乗せたリヤカーを引いていますが、肺を患ってしまっていることがわかります

弱ったお年寄りを容赦なく切り捨てる(解雇される)描写が切ないです

青年編ではちゃんとみんな口と鼻を覆っているんですよね

青年編では老人たちが集めた綿花を布地にしていく工程が描かれています

そして青年の住んでいる街に帰ると、その布地もトラックで運ばれていき、さらにタンカーで別に都市(国?)に運ばれてシャツになってまた戻ってくるという

つまり綿花が布地になり、シャツになるという工程を順番に描きながら、主人公の時系列では老人から青年へと時間軸を逆行させているところがじつに見事です

それも人間の手作業で行なっていたものがすべて機械に取って代わられる描写がじつにうまい

AIに仕事を奪われたりロボットに仕事を奪われるんじゃないかという懸念をこの『父を探して』という映画では見事に描写しています

機械が動物チックに描かれているのはおそらく子どもの目線(世界観)では大きな動物に見えているということを表現しているんでしょうね

子ども世界観では機械ではなくて大きな動物が綿花を食べたり、汽車の蒸気は蛇がタバコをふかしているように見えているというカワイイ表現がされています

可愛らしい絵柄とは裏腹にテーマはとても重く、貧富の差を痛烈に批判しています(この『父を探して』という作品はブラジルの映画。ブラジルは格差社会)

そもそも主人公の父親が出稼ぎに出なければいけなかったのも貧しかったからで、それが決して珍しいことではないことが映画の最後の方で主人公が再び列車を見つけた時にわかります

列車からゾロゾロ降りてくる父親と同じ格好をした人たち

主人公はどれが父親なのかわかりません

貧しくて出稼ぎに出なければならない父親が多すぎるという表現ですね

主人公が住んでいる場所も田舎なためやはり教育を受ける機会が少ないのでしょう

解雇された途端により安い給料で働くしかないというのが老人と青年の暮らしぶりでわかります(青年編は老人編よりまだマシな生活をしています)

貧しい家に生まれた子供は高所得の仕事に就けず、それでも若いうちは安い給料でも働くことでなんとかそれなりの生活が保てていても孤独で(所得が少ないから結婚に前向きになれないのでしょうね)、そのまま歳をとって安い労働力として働かされ、体を痛めたらすぐに解雇されてしまうという貧困の実態を描いています

この『父を探して』が描いているにはブラジルの社会問題ですが、決してブラジルに限ったことではなく、30年間経済成長しない日本にも通じる社会問題です

若い人の給料が上がらず、貧困が当たり前になり結婚や子育てに積極的になれなくなるとますます少子化が進み、この映画の老人のように孤独な貧しいお年寄りばかりになってしまいます

主人公の父親が別れ際にくれた笛とそのメロディが青年編で革命の機運へと盛り上がるのが一応この映画のハイライトだと思いますが、ここでも痛烈な皮肉描いています

たくさんの人々が音楽を奏でてそれが大きな鳥になり、黒い鳥(為政者側)と戦います

ある程度優勢だったのに、最後は戦車や戦闘機などにやられてしまいデモ(革命)が失敗に終わってしまいます

それでもゴミの中から子どもたちのたくましい表情を描くことで闘志の炎が消えていないことを感じさせてくれます

さらに老人が昔の実家に帰り子どもの頃に想いを馳せて外に出ると辺りに新しい家々と子どもたちが暮らしていて、その子どもたちが主人公の父親が奏でていた音楽(革命のシンボルの曲)を奏でていて、未来に少しだけ希望を持たせる終わり方になっています

革命にシンボルとなる音楽が使われることは実際にあったことで、ビロード革命(ヴェルベッド革命)ではヴェルベッド・アンダーグラウンドの曲が起爆剤になりました(閉鎖的な社会では自由な音楽が人々の気分を盛り上げてくれます。旧ソ連でも西側の音楽が違法に取引されていました)

機械やロボットやAIの導入によって社会生活が豊かになる一方で人々の生活が圧迫されるジレンマに対して、今後どうすればいいのか?

少ない線とカラフルな色使い、上手にパソコンを使いながら手描きの描写を取り入れていて、この『父を探して』という映画そのものが機械と人間との共同作業の成功例になっているのが見事な回答となっています

この『父を探して』という映画を観ると人間の力を信じたくなります

それくらい描写が優しく、音楽もデジタルではなくちゃんと収録しているという徹底ぶりです(手作りに魅力をこれでもかと詰め込んでいます)

さらにセリフがありません

言語の壁を取り払ったことでどこの国の人でも、またどの年代の人にも伝わるようになっています

なぜならこの映画の描く人間の素晴らしさや愛情はどの国の人々でも持っているはずだからです

誰しも子どもの頃があり、大人になって歳をとっていく、その時々で大切なものをもう一度思い出せる作品です

個人的にはラストシーンが切ないのであまり繰り返し観たくはないのですが、だれにでもオススメできる素晴らしい映画であることは間違い無いです