オールタイム・ハイ 画像

オールタイム・ハイ

理想的な幸せに対しての映画的な回答を直視させられる婚活映画

結婚において大切なものは何かという問いかけに対しての模範回答をリアルに描いています

多くの映画の主題として、お金よりも愛を優先しましょうという主張がされています

貧しくても愛があれば素晴らしい、愛こそがすべてという映画が多い中、それを視覚情報でまざまざと見せつけられます

飾らずに素を出せる相手が一番いい、こんなことは頭ではわかっているつもりでもいざ婚活となるとそうはいかずに相手の社会的地位や経済状況をまず重要視してしまいます

結婚とそこに至るまでの恋愛について映画的に美化されているものを直視させられる映画です

例えば『美女と野獣』では醜い野獣と恋に落ちたり、『塔の上のラプンチェル』では泥棒と恋愛したりします

見た目や社会的地位ではなく、本当にお互いに心が通じ合えること(中身)が大事だとたくさんの恋愛映画で見せつけられてきていますが、果たしてそれをリアルに描いた場合、あなたは本当にそれを受け入れられるのですか?という問いかけになっています

この『オールタイム・ハイ』の主人公はユセフ・ボアジジという詐欺師でおまけにハゲです

そうなんです、この『オールタイム・ハイ』の主人公はイケメンなのですがハゲています

そしてヒロインのステファニーは貧乏です(さらに劇中では主人公からブス呼ばわりされてしまいます)

お互いに一番隠したい部分を曝け出してでも愛を選択するか?という問いかけにもなっています

ようするにハゲ男と貧乏女がくっつくかどうかというストーリーです

ごくごく焦点を絞っていくとお互いに魅力的な部分ってじつはないんですよ(失礼)

お互いに嘘をつきあって主人公はカツラを被ってハゲを隠していて、無職なのに高級ブティックで働いているフリをしたり、ヒロインのステファニーは暗号資産で多額の資産を持っているフリをするんです(おまけに歯が要治療のため口臭がひどいという設定)

映画の脚本的にはこのヒロインのステファニーが暗号資産の話をする前に、主人公のイケメンが恋人の母親の誕生日に出席するというのがキーポイントになっています

映画が始まったとき、主人公はイケメンで口が上手いため金持ちの女を騙して結婚まであと一歩というところまで近づいています(ハゲていることは隠している)

そのため恋人の母親の誕生日に出席して(恋人の親に顔を覚えてもらっているのでかなり親しいことがわかる)そこで恋人の義弟と義父の会話をきくんです(恋人の金持ち女は母親が金持ちと結婚した後妻だから裕福だということがわかります)

義弟と義父が仮想通貨の話をしていて、「仮想通貨は儲かる」という投資話を主人公のイケメンはききます

そのあとでヒロインのステファニーの暗号資産の話が出てくるので、鑑賞者はこの『オールタイム・ハイ』という映画の世界では仮想通貨が流行っていて儲かる、という設定を自然と頭に記憶してしまっているため、主人公と同じように鑑賞者も騙されてしまう仕掛けになっています

この一種の思い込みが小気味よく鑑賞者の期待を裏切ってくれるので、先入観を鑑賞者も持っていることに気づかされます

例えば「本当のお金持ちはケチ」という先入観です

ヒロインのステファニーがスーパーで買い物をするシーンでクーポンが一枚しか使えないことでレジ係の人とモメるシーンが生々しいですね

ステファニーはクーポンが使えないと商品を買えないため返品するというのですが、冷凍食品は廃棄扱いになるので返品できないとレジ係の人に言われてモメてしまいます

「お金持ちほどケチ」という先入観を持っている人にとってはこの一連のシーンこそがヒロインであるステファニーが暗号資産で多額の資産を持っていることの裏付けとなるシーンになっています

でもよくよく考えたらさすがにケチすぎるし、ちょっとおかしいことがスーパーの帰り道で主人公のセリフ「金持ちならクーポンのことでレジ係と喧嘩しない」でわかります

普通はちょっとくらい現金化して生活の足しにしますよねえ

さすがに歯が腐ってきているのに放置してまで現金化しないっていうのはちょっと解せません

さらに儲かってきているのなら一旦現金化して利確してから再度買い増ししてもいいのでは?と思うはずなんです

それを頑固なまでに現金化せず、そしてそのことに触れられると逆上するあたりおかしいはずなんですけど、「お金持ちの女性はお金目当てに人が群がっていると思い疑心暗鬼になりがち」という先入観から、むしろ本当に多額の資産を持っているんだと裏付けしてしまう結果になっています

このステファニーを愛せるかどうかというのがメインにお話が進んでいきます

主人公の婚約者である金持ち女はスタイルもいい美女として描かれているのに対して、ステファニーはブスという設定なのが絶妙です(なお、実際にはそこまでブスではありません。オリヴィエ・マルシャルという有名監督の娘さんが演じています。同じように有名監督の娘でも『ゴッドファーザー3』のソフィアコッポラとは大違いな扱いで面白いです。フランス映画は小粋ですね)

このステファニーは格闘技で元オリンピック選手だったという設定で、主人公のイケメンを文字通り力でねじ伏せてしまうくらい強いです(金持ち女が非力なのに対して真逆の設定です。主人公は婚約者の金持ち女を押し倒しますが、ステファニーに対しては逆に自分が押し倒される主人公です)

そしてステファニーの「ヤらずには帰さないよ」(女性が言うところが新鮮ですね)という強引な連れ込み方で主人公は一夜を共にするんですが、その翌朝のベッドに座るステファニーのお腹にご注目です

主人公のバキバキの腹筋のことを「いい体してる」って褒めてくれるのですが、この時ステファニーのお腹はポチャっとしています

じつはこれかなりわざとポチャっと見えるように座って(わざとパンツを食い込ませて)角度つけて撮影しているんですよね(普通はやらない)

わざとステファニーのお腹が弛んでいるように鑑賞者に見せてイケメンに対比するチョイぽちゃブス女という設定を強調しているんです(このゾエ・マルシャルという女優さんよくOKしてくれたなあって思います。個人的に好感度高いです)

主人公は金持ち女の婚約者のお父さんから家賃を出してもらい、豪華な部屋に住んでいます

ステファニーの狭いアパートと対比させています

そして金持ち女は華奢な体つきでとにかくスタイルが良く見えるように撮影されています(特に主人公の部屋に荷物を取りに戻ってきて主人公がテーブルに押し倒すシーンはスタイル良く撮れるようにかなり気を遣っています)

金持ちでスタイルのいい女性と貧乏でスタイルの悪い女性、イケメンで口がうまいモテる男性ならどちらを選ぶでしょうか?という最初の問いかけですね

これを読んでいる賢明なみなさまはすでにお察しの通り、通常であれば金持ちでスタイルのいい女性が良く思われるでしょうが、徐々にこの金持ち女の化けの皮が剥がれていきます

まず主人公とは境遇が違いすぎて合わないんですよね

主人公は貧しい家の出身なので、金持ち女とお近づきになるために様々なウソをついています

例えば高級ブティックで働いているというのもウソですし、さらにはハゲのことも隠しています

主人公が嘘を突き通せなくなって洗いざらいぶちまけるシーン(ちなみにここをワンカットで長回しで撮っていて映画的にはすごいことをしています。セリフが膨大なだけじゃなく、カメラもぐるぐる回りながら俳優が動くのできっと何度もリハーサルしたんだろうなあと思いますね)

主人公がすべてを打ち明けた日のあと、「嘘をつかなきゃ愛せたのに」って金持ち女が言うんですけど、明らかなウソなんですよね

だって自分の母親の誕生日にエルメスのバーキンを用意できなかった主人公を責めまくってますしね

なのでこの後出しジャンケンのようなことを言われても主人公もそんなはずないと絶望してしまいます

とくに金持ち女が出て行った後に「髪の毛をくれ」と言って床を転げ回るあたりは抱腹絶倒ものですので必見です(カメラもなんとなく申し訳なさそうに引いたショットになっているのがさらに笑えます。ドアップにはしないんですよね。豪華な部屋に転げ回るハゲたイケメンというシュールな画面が印象的です)

ここからは怒涛のごとくハゲたイケメンを強調した画面作りになっていきます

主人公とステファニーは暗号資産を狙うギャングと戦いながら少しずつ愛を育んでいきます

でも主人公は必死にハゲを隠そうとするんですよね(最初のステファニーとのベッドシーンでカツラを被っていないことに気づいて部屋中を探すシーンは面白いですけど、じつは伏線になってます)

その後のステファニーに組み敷かれてベッドシーンになるときも頭に手をかけようとするステファニーに「髪の毛は触るな」って言うんですけど、これ、ステファニーはもうすでにハゲてることを気づいてるんですよね

だって髪の毛に手をかけるってことはおそらく最初の一夜をともにしたときもおそらく髪の毛に手をかけていてカツラをぶん投げたから、カツラがあんなところに引っかかってたわけで・・・

よく考えるとちゃんと伏線になっています

だからこそ映画の後半でステファニーが主人公とケンカする時も「ウソつく必要はなかった。ハゲで一文なしでもいい」というセリフが出てくるんです

主人公はずっとウソで塗り固めた(高級ブティックで働いている髪の毛フサフサの男という自分)で女性と接してきたのですが、ステファニーには最初からカード賭博で大負けして貧乏なのを見透かされてますし、そのあとの初夜でカツラのこともバレているわけで、ステファニーは最初から中身を見た上で主人公のことを好きになっていってくれたんです

どんなときもジョークの精神を忘れずに明るく考えようとするし、貧乏育ちの主人公だったら価値観も合うと思ったんだと思います

そして腕っぷしが強く、下品だけど飾らない性格のステファニーに主人公も少しずつ惹かれていきます

今までは自分をよく見せようと必死だったわけでかなり背伸びしていたんですね

それがステファニーに対してはブス呼ばわりするくらいで全然気取らずに接していくことで自然体でいられる自分に気づいていきます

怪しいフェラーリレンタル商売をしている主人公の友達の「彼女と会って以来、何人と寝た?」「ゼロだけど」という発言(浮気をしなくなった)から主人公自身も自分の気持ちに気づくあたりがオシャレだと思います(さすがフランス映画)

特に好きなシーンはステファニーと別れた直後、ギャングに連れ去られるステファニーを追いかける主人公のところ

落武者のようなハゲ頭でステファニー(を攫った車)のことを必死で追いかけるんです

カッコいいシーンなのに笑えるという脳がバグったような不思議な感覚に襲われます

この感覚、個人的には大好きです

その後もこのハゲ頭のままアクションシーンが続くので不思議な感覚が続きすぎて中毒になりますね

主人公を演じているのはナシム・シ・アフメドというイケメン俳優でキックボクシングで優勝経験もあるくらいでキレのあるアクションを披露してくれます

こんなカッコいい俳優を使ってカッコいいアクションシーンなのに、終始コントみたいなハゲ頭というのがもうたまらないです

アクションシーンなのにハゲ頭でやるのは結婚生活の隠喩のような気がします

結婚したらお互いに気取ってなんかいられないし、いずれはハゲるかもしれないし、それでも2人で力を合わせて困難に立ち向かっていかなければなりません

それをハゲ頭でギャングと戦うことで表現しています

ステファニーが最初に名前を名乗る時もまさかのトイレです

「名前は?」「ステファニー(ブー)」とオナラ混じりで自分の名前を言うんですよ

もうこれだけでステファニーという飾らない性格の女性キャラクターをじつによく表していると思います

結婚したらオナラくらい普通にするようになるわけで、ステファニーは最初から自分をさらけ出して自分と結婚できる相手を探していたことが最後のラストシーンで描かれます

「骨折り損だな」「でも結ばれたよ」というセリフがすべてを物語っていますね

なお原題のnouveaux riches(にわか成金たち)よりは「オールタイム・ハイ」のほうがなんとなく合ってるように思います

最終的に真実の愛を手に入れて、愛こそが一番素晴らしいという多くの映画の主題に照らし合わせればこの『オールタイム・ハイ』は間違いなくハッピーエンドだと言えるのですが、主人公の苦笑がとても現実的です

もちろん真実の愛を手に入れて愛する人と結ばれたんだけど、実際にはそんなおとぎ話のようなファンタジックなものではなくてかなり生々しい現実的な選択の結果だということです

頭ではわかっていても現実はこうだよね、それを受け入れられるのか?という問いかけに対して苦笑いで受け入れるのが結婚だという結論です

そういう意味で、この映画のラストに憤慨する人や主人公の最後の苦笑が意味不明な人は結婚にまだまだ夢を見ている人だとわかります

この映画を観た感想をきけばその人の結婚観がわかってしまうので、この『オールタイム・ハイ』はコメディアクションに見せかけたけっこう真面目な婚活映画だと思います

なおフランスにおけるイスラム教徒の人口は約600万人で、EU加盟国の内で最も多いです

国籍法によると、フランス生まれであれば外国人でもフランス国籍を取得することができるし、帰化も容易なんだとか

この「オールタイム・ハイ」のような貧しい移民との結婚をハッピーエンドで描くことで、移民問題に対する一つの道筋を示しているのも興味深いです

万人にオススメできるかと言われると難しいところですが、少なくともこの映画を観て一緒に笑ってくれる人とだったら素敵な結婚生活が送れる気がしました